「人を殺したければ車を使え」ってこと?

法律の限界を感じるわ。

昨日、2018年に兵庫県の加古川バイパスで起きた母子3人が亡くなった死亡事故の裁判の判決が下された。言い渡されたのは『禁錮3年』の実刑判決。これが長いのか短いのかは人それぞれなんだろうけど、亡くなった3人の無念を思えば「軽すぎる」判決だと思う。

つくづく「人の命って軽いな」って思う。

判決で神戸地裁は 「結果は重大極まりなく厳重な処罰は当然である」と言っているにも関わらず、下した判決がたったの『禁錮3年』だよ。それって「殺人1人あたり1年の禁固」ってことでしょ?起こしたくて起こした事故ではないにしても、3人の命を奪って『禁錮3年』じゃ、遺族だって納得できないでしょ?これが現行法の限界なんだろうね。

なら「人を殺すなら車を使えばイイ」ってこと?

「おいおい、乱暴なことを言うなよ」って、お叱りを受けるかもしれないけど、結局はそういうことでしょ?世間を騒がせた“あおり男”にしても、車を使った犯罪だから大した罪には問えないと聞く。どんな悪質な行為でも「車を使いさえすれば」大した罪には問われないという事だ。池袋で起きた暴走事故にしても大した罪には問われていない現実。現行法では、車という凶器を使えば、何人殺しても大罪にはならない。

結局、被害者は泣き寝入りするしかない。

被害者になった時点で負けが確定しているのだから、「被害者にならないようにする以外に、他に手の打ちようが無い」のが現実なのだろう。この加古川バイパスの事故の場合、渋滞の最後尾にいてトラックに追突されたみたいなので、前方に渋滞を確認したら、減速と同時にすぐにハザードを点滅させて後続車に危険を知らせよう!急速に減速しない程度に数回に分けてブレーキランプを点けるのも効果的だと思う。自分が追突しないだけでなく、自分が追突されない運転も常に意識しないといけないと思う。

あおり事件にしても、「あおられない」運転を心掛けるしかない。「あおってくるキチガイが悪いんだろ!」という人がいるが、車のハンドルを握る人なら分かると思うけど、あおる人なんて珍しくないんだよね。だから、前ばかりでなく後方から忍び寄ってくるキチガイにも気を付ける必要があると思う。例えば高速道路なら、追い越したらそのまま追越車線を走らずに走行車線に戻ろう。そもそも追い越し車線を走り続けるのは違反だからね。それにキチガイが好むのも追い越し車線なので、できるだけ左側の走行車線を走ることを心掛けるのも大切だと思う。

最後に、神奈川県大井町で起きた「東名あおり事故」について触れておくけど、あの事故では「キチガイを挑発した」ことが最大のミスだったと思っている。悪いのは犯人である石橋だ。そんなことは言うまでもない。だが、その石橋の“発狂スイッチ”を入れてしまったのは、他でもない亡くなった夫婦の夫なんだよね。「雉も鳴かずば撃たれまい」とはよく言ったものだよね。「邪魔だ!」なんて言わなければ家族を危険に晒すことも無かったし、 本人も命を失わずに済んだのに・・・。

例え正しくても、勝てるとは限らない

「自分が正しければ勝てる」と思い込んでいる人がいるけど、世の中には正論や法律といったものが通用しない人がいっぱいいる。「負けるが勝ち」じゃないけど、その場は負けることで危険を回避するのが結果的には正しい判断だったりする。つまらない意地を張っているより、安いプライドなんかサッサと捨てて、安全を優先しよう!世の中の大半は、あとで振り返ると「取るに足らない下らない事ばかり」なんだよ。一時の感情に流されて誤った行動を取るより、一歩引いて深呼吸をして冷静に行動しよう!

「金持ち喧嘩せず」「君子危うきに近寄らず」

社会の中には想像以上に多くのキチガイがいて、そのキチガイたちが車のハンドルを握って走り回っている。だから「車は安全な乗り物」という考えを捨てて、車のハンドルを握ったいる時も、そして街を歩いている時も、常に凶器が走っていると思って身の安全を守って欲しいと思っているよ。

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