他人の声を断って、自分らしく生きる

フォローしてなくても、フォローしている人のリツイートやナイスで
見なくていい人のツイートが見えてしまうことがある。
人間とは不思議な生き物で、
見えてしまうと気になってしまうことがある。
本当に奇妙なものだ(笑)

つい先日、見なくていい人のツイートを見て知ってしまったが、
「ツイートを削除する!」だの騒いでいるご様子。
多くの人に認知してもらうために騒ぐのは理解できるが、
節度の無い騒ぎ方は品性を疑われても仕方がないと思う。
認知度が上がるにつれて、アンチが増えるのがネットの常だから、
フォロワーの増加に伴って、言動にも注意を払う必要がある。
ま、別にネットに限った話ではないのだろうけど、
人気者を演じるのは凄く大変そう(笑)

僕は今後、ツイッター等のSNSの使用を極力控えようと思う。
世の中には「見なくていい事」や「知らなくていい事」が少なくない。
多くの情報がリアルタイムで飛び交うツイッターは
情報源としても情報発信源としても非常に有用だが、
気になることがあると多くの時間を無駄に奪われることがある。
その時は我を忘れて夢中になってしまうような事でも、
後になると「大した事ではなかった」って思うことが少なくない。

ちょっと極端かもしれないけど、口論でも喧嘩でも殺人事件でも、
発端は「どうでもいいこと」だったりするんだよね。
最近流行りの「あおり事件」にしても、
「○○に腹が立った」程度のことで人はキチガイになれるし(笑)
凄く無駄なことに意地を張ったり感情的になって、
しなくて良いことをしてしまうことがある。
「それはナゼか?」
それは無駄に他人と接触してしまうから。
ブログを書いている僕がこんな事を言うのは変だけど、
承認欲求や自己顕示欲は、度を超えるとロクなことがない。
多くの人に見てもらうために危険なことに挑んで、
命を落とす人も珍しくないんだよね。
人間って愚かな生き物で、
他人から認められないと死ぬ病気なのかもしれない(笑)

聞いた話だと、頭の悪い人ほど群れたがるらしい。
人は群れることで安心し、思考が停止するらしい。
人とツルんで同じことをやる事で、
「みんなと同じだから、俺は間違ってない」と思うらしい。
だからって訳じゃないけど、
他人と接触するのは極力控えようと思い始めた。
という訳で、ツイッターから距離を置こうと。

今日の結論。
SNSの利用頻度やブログの更新頻度の低下は、
「自分らしく生きている」ことの証かもしれない。
今日そう感じたから、今日その気持ちを綴っている。
いつかブログを読み返した時、
「あの頃はそんなことを考えていたんだな」って思い返す。
言わば、自分の記録帳。
書きたい事が少ない時は、ストレスも少ない時なんだと。
人恋しくならないのは、自分を保てている証かと(笑)

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