やっぱ元旦休業は不便だわ

あけましておめでとうございます。

新年早々、いつものように言いたい放題なんだけど、
やっぱ元旦休業は不便だわw

こういう話をすると顔を真っ赤にして
「元旦1日ぐらい我慢しろ!」
とか感情的になって怒る人がいるんだけど、
ただ単に「不便か?」「不便じゃないか?」って話なんだ。
僕は「買い物ができなくて不便だね」って言ってるだけで、
「休むなんてとんでもない」と不満を言ってる訳じゃないんだ。
きっと僕たち都市部に住む現代人は、
便利な生活に慣れ過ぎているんだろうね。
『年中無休』だとか『24時間営業』が当たり前過ぎて。

「じゃあ、何をどのくらい昔のようにすればいいんだろう?」
「どんな働き方が人間らしい働き方なんだろう?」
「そもそも“人間らしい働き方”の『人間』って、誰基準?」

もっともらしい事を話す時に感じる素朴な疑問。
高校生の時とかに感じたりしなかった?
「高校生らしくしなさい!」の“高校生らしさ”って、
「誰の主観で、その定義が決まるんだろう?」とか。
結局「○○らしさ」なんて定義が曖昧で
「○○はこうあるべき」なんて人それぞれ違うと思うんだけど・・・

「何もかも横並びに同じにしなくちゃいけない」と思うから、
逆に窮屈になっちゃって歪みが生まれちゃうのかも?
いっそ「自由にしちゃえばいいんじゃね?」とか思ったり。
「元旦と言っても特にすること無いから働きたい」
と考える人たちだっていると思うんだよね。
だから店の裁量で自由に決めれば良さげな?
でもそれだと強制的に働かされる人が発生するから
半ば強制的に休ませちゃうんだろうけど、なんか難しいね。

そもそも「元旦なんだから休むべき」なんて言い出したら、
コンビニやスーパー、外食店の店員だけでなく、
テレビだって、公共の交通機関だって、病院だって、
ありとあらゆる分野の全ての労働者が一斉に休まなくっちゃ、
本当の意味での『平等』ではなくなっちゃいそうな?
こうしている間も人知れず働いている人は少なくないよ。
別にコンビニや外食の労働者だけが
24時間365日働いている訳ではないんだと思うけど・・・

「公共性が違うだろ!」ってのは理解できるのよw
でも、大きさは違えど公共性はゼロじゃないような・・・

僕の考えが時代に逆行しているのかもしれないけど、
便利を望むのはごくごく自然で当たり前だと思うんだ。
だから、「時代を巻き戻そう」という考え方は
正直、素直に受け入れられないんだよな~
不便を我慢できない訳ではないんだけど、
便利を追求することは別に悪いことではないと思うんだ。

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