障害者に対する無理解

10年近く使っていたBDレコーダーが寿命を迎えたみたい。
録画した画像がブロックノイズ状に激しく乱れるようになった。
幸いまだ完全に壊れたわけではないので、
お気に入りのアニメをBD-Rに保存したりしてんだけど、
以前録画しておいた京アニの作品『聲の形』を見つけたんで、
再視聴したら・・・なんか大粒の涙がとめどなく流れて落ちた。
ちなみに『聲の形』は聴覚に障害を持った女の子を描いた作品で
小学生の頃に同級生からイジメを受ける様子が描かれている。

差別とかイジメって『異なる者に対する無理解』が原因なんだよね。
4年ほど海外で暮らしていた時も感じていたんだけど、
基本的に人間って異なるものが苦手なんだと思う。

一昨年、僕は脳の病気を患って倒れ、
後遺症として右半身に軽度の麻痺が残った。
幸い、普段の生活に大きな支障はないし、障害者手帳も持っていない。
それでも、いろいろな面で生活が大きく変わったよ。

別に、他人に自分の痛みを知ってもらいたいとは思わないし、
同情して欲しいとも思わないのね。
だけど、階段の昇り降りの際に「手すりに摑まりたい」とか、
「歩くスピードが遅い」ってことを周りに認知してもらいたいから、
出掛ける時はリュックに『ヘルプマーク』を付けている。
だからと言って、特別扱いして欲しいんじゃないんだ。
後ろから追突したり、突き飛ばさないで欲しいだけなんだ。
「分からないことを理解して欲しい」とは思わないけど、
「ほんの少しだけ想像してみて欲しい」とは思う・・・かな。

年を重ねて成長と共に人は相手を思いやる心が育まれる。
大人になると、子供の頃にやったことが無性に恥ずかしかったり、
情けなかったり感じることがある。
子供って大人と違って純粋で素直な分、
時として「凄く残酷になれちゃうのかな?」って
『聲の形』を見ていて思ったよ。

偉そうに、こんなことを書いているけど、
もし僕自身が障害者になっていなかったら、
今でも僕は「障害者に対して無理解だったんだろうな」って思うよw

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