ニュースを見て感情的になる人

徒然日記

ヤフーニュースとか見ると怒りのコメントを書いてる人が大勢いるけど、
なんでニュースを見たくらいで感情的になっちゃうんだろう?
正義漢ぶってコメント欄で理想論を並べても何も解決しないと思うんだけどな~

先日の『声優使い捨て』のニュース、それに長野市の『公園廃止』のニュース、
そして今話題の静岡県裾野市の『保育士暴行事件』にしても、
問題は想像以上に根深くて、一朝一夕でどうにかなる話じゃないと思うし。

『保育士暴行事件』って、氷山の一角のような気がする。
全国的に調査すれば、大なり小なり違えど同じようなことが行われている気がする。
じゃあ、悪い保育士たちを解雇すれば問題が解決できるか?っていうと、
たぶん問題は解決しないで、また同じような問題が再発すると思うんだ。
なんとなくだけど、これって人の問題だけではなく、構造の問題のような気がする。
だから保育士を別の人に代えたとしても現行の保育システムの構造が改善されなければ、
また同じような問題が繰り返されるような気がするんだけど、どうなんだろう?

素人考えなんだけど、一人の保育士が受け持つ児童の数が多過ぎる気がするんだ。
我が子一人育てるだけでもストレスで育児ノイローゼになる人がいるんだもん、
お給料をもらっているとはいえ、多くの児童を面倒みるのは大変だと思う。
でも保育士の数を増やすとなると、それに応じてお金が必要になっちゃう。
そのコストを行政が負担するのか?それとも子を預ける親が負担するのか?
結局のところ、行き着く先は『お金の話』ってことになるんだと思う。

長野市の『公園廃止』のニュースの時に
「少子化問題が~!」と叫んでいた人たちがいっぱいいたけど、
子供の声に寛容な社会になったとしても今の少子化は止まらないと思う。
まずさあ、音源が何であれ騒音で悩まされている人がいることは事実なんだよね。
それなのに「少子化なんだから子供の声くらい我慢しろ!」だとか、
「耳栓をしろ!」とか「オマエが引越せばいいだろ!」と被害者に罵声を浴びせる。
それって日頃溜まったうっぷんを子供にぶつけてきた保育士たちと何も変わらないじゃん。
たとえ子供の遊び声だろうと「うるさくしちゃいけない」というのが社会のルールだと思う。
音源が子供の声であっても、音を抑える試みがなされて当然だと思うんだけどな~
結局、これも人の問題というより構造の問題って気がする。
人々が優しくなったところで、子育ての経済的負担が軽くなるわけじゃないし。
少子化と子供の声の騒音問題を別けて考えないと、問題は解決しないと思うんだけどな~

それに、現代は『多様性を認める』ことが美徳とされているじゃん。
それなら「公園で遊ぶ子供の声がうるさい」という少数派の意見も
多数派の意見と同様に尊重されないといけないことになっちゃう。
矛盾してるんだよね。
民主主義で多数決の社会なのに少数派の意見も尊重しましょうとか。
全ての人が満足できる世界なんて作れっこないのに、
理想論者が理想ばかり掲げて他人に自分の理想を押し付けるんだからw

『声優使い捨て』のニュースにしても、結局はお金の話なんだよね。
理想論でしかないけど、もし「声優を使い捨てするな!」というなら、
最低の収入を保証して、仕事を多くの人で分け合うようにするしかないと思う。
でも、そうやったとしても、新人が入って来るのは難しくなると思うけどね。
だって声優の仕事の量には限りがあるんだから、新人分の仕事が足りないし。
しかも!新人が入って来なければ、同じ人ばかり演技することになっちゃう。
椅子取りゲームで椅子を確保した人だけが仕事を保証される世界になったら、
競争原理が働かなくなって、演技を磨く必要も無くなるだろうし。
限られた人だけが守られる誰も得しない世界に成り下がるだけだと思うんだけどな~

世の中って需要と供給のバランスで成り立っているんだよね。
だから、どっちか一方を立てれば、もう一方はそのしわ寄せを食らう。
ある程度はお金で解決できると思うけど「じゃあ、お金を出すのか?」といえば、
誰も自分の懐を削ってまで他人を助けようと思ってるわけじゃないんだし。
「子育てしやすい社会にするために大幅な増税します!」
「声優の給料を上げるためアニメは全て有料にします!」
こんなこと言われて喜ぶ人がどの程度いるのか疑問だし。
結局、みんなが仲良く幸せになる世界はおとぎ話の中だけってことなんじゃないかな?

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