園田競馬の木本直騎手の自殺に思う

競馬全般

昨日(12/18)午後4時15分ごろ、甲子園浜海浜公園近くの路上で、
園田競馬所属の木本直騎手が駐車中の軽乗用車内で倒れているのを
捜索していた父親が発見したが、その場で死亡が確認されたらしい。
車内から燃えた木炭が見つかったので自殺とみられているみたい。
スマホに「僕には味方がいない」というメモが残っていたらしい。

毎週末、JRAが主催する中央競馬をやっている僕だけど、地方競馬は全然やらない。
以前は南関東をメインに地方競馬も試してみたんだけど全然ダメダメだったので、
最近はやっていないから木本直騎手のことを全く知らない。
そんな僕だけど、このニュースから感じるんだ、疎外感や孤独感みたいなものを。

競馬をやっているからといって騎手の世界を知っているわけじゃない。
だから、あくまで僕の私見でしかないんだけど、
競馬の世界は勝負の世界だと思ってるので運や実力はもちろんのこと、
人脈などで置かれている環境や与えられるチャンスが大きく変わると思う。
調教師や厩務員などの競馬関係者の子なら当然のこと、
親が馬主とかなら与えられるチャンスも多くなるだろうと思う。
それって、ある意味仕方のないことじゃないかな?
誰でも条件が同じなら、知らない人より知っている人に頼ると思うし、
それが血のつながった身内となれば、活躍を願うのは当然だと思うし。

騎手の世界だと騎乗機会、つまり馬に乗せてもらえる回数が重要。
腕が良くても悪くても、まずは乗せてもらえなければ腕の見せようがない。
そして、例え乗せてもらえたとしても肝心の馬が弱ければ勝ちようがない。
騎手の場合、この差が大きい。
一般的に「馬7:騎手3」ぐらいって言われてるかな?
「騎手の世界は実力の世界」とはいっても、腕だけじゃ覆せないものもあるし。
これも、ある意味『親ガチャ』なのかもしれない。
名ジョッキーの子の方が名ジョッキーになれる可能性が高い気がするし。
まあ、子供の時から競馬関係者に囲まれて育ってるんだから、
もうスタート時点でどうすることもできないほどの差があるのかもしれない。

結局、人生って平等ではないんだよねw
生まれた環境で人生のかなりの部分が決まっちゃう気がする。
もちろん努力も大切だと思う。
でもスタートの位置が違うのは努力だけでは変えられない。
木本直騎手が何を感じ、何を思い、人生を絶ってしまったのか僕には分からない。
ただ、一人ではどうすることもできない世界で孤独を感じてたのは想像に難くない。
すごく悲しいよね。どうしようもない無力感にさいなまれると
「もう人生なんかどうでもいいわ」って思えたりもすることもあるし。

以下は不適切な発言かもしれないけど許して欲しい。
僕は報道にある「木本さんは10日に父親と会ってから連絡が取れなくなり」
という一文がとてもとても気になっている。
この父親と会った時にSOSを発したのではないかと感じている。
あくまで僕の憶測でしかないんだけど、そんな気がしてならない。

もし突然、我が子が「学校に行きたくない」と漏らした時、
親はなんと答えるだろうかと考えることがある。
例え原因がイジメであっても、学校に相談して解決できるとは限らない。
それに、表面的に解決したとしても、いじめっ子の仕返しが怖くて
二度と学校へは行きたくないと登校を拒むかもしれない。
そんな時、親はなんと言うのだろう?
「お願いだから学校には行き続けて」と母親が泣くかもしれない。
「甘ったれるな!」と父親が怒鳴るかもしれない。
行き場を失った我が子を親はどのように受け止めるだろうか?
「応援するから、好きにしていいんだぞ」
「わかった。なら帰ってきていいんだぞ」
そんな言葉をかけてやることができる親って本当にいるのかな?
若い子が自殺したとニュースで聞くたび、そんなことを僕は考えるんだ。
なんとなくだけど、実際に我が子を失った時に初めて知るんだと思う。
ことの重大さを。
甘ったれの弱音だと聞き流したことの重大さを。

人間は強くないんだ。だから「逃げていい」と思ってる。
それに人生にはオプションがあると思ってるし。
死のうと思えば、いつだって死ねるんだから、急いで死ぬ必要はない。
とりあえず人生のオプションを選択してみる生き方をして欲しいし、
親は子が幸せに生きていけるオプションを選べるようにしてあげて欲しい。
根性論とか精神論とかで何とかなるほど人生は簡単じゃないからね。

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