昨日、ヤフーニュースで見かけた『将棋AI(人工知能)』の記事を読みました。
記事は、トップ棋士に迫る実力を持った将棋AIの開発に関する内容なのですが、
私が興味を抱いたのは“開発者が将棋をほとんど知らない人”だった点です。
普通なら、開発者は将棋に詳しい人だろうと考えると思うのですが、
記事では「将棋を知らないからこそ得られた発想と、
異分野の研究をしていたからこその気づきが、
ブレイクスルーを生んだ」と結論付けています。
私も、この記事を読んだ時点では「知らないからこそ変な先入観を抱かないし、
強い思い込みも無いだろうから、良い結果をもたらしたのだろう」と
思っていたのですが、今朝になって気付いたことなのですが、
むしろ大切なのは“異分野の研究をしていたから”ではないかと思い始めました。

なぜ、こんな競馬と直接関係ない話をしたかと言いますと、
私は常日頃から「競馬で勝つには、競馬の知識は必要ない」と考えていました。
このように考えるのは理由があって、過去に馬券投資で成功を収めた
海外のギャンブラーの中には、競馬をほとんど知らない人がいたからです。
そのような理由もあり、競馬で勝ちたいと本気で思うのであれば、
今まで得た競馬の知識を綺麗サッパリ忘れた方が勝てるのではないか?
と考えていたのですが、そんな考えが今、少し変わろうとしています。
せっかく得た知識を無理して忘れる必要は無いのではないかと思い始めました。
強い先入観や思い込みは新たな発想や気付きの邪魔になることはありますが、
必ずしも知識が先入観や思い込みを生むわけではありません。
むしろ、知識があるからこそ早く新たな発想や気付きに出会えるかもしれません。

また少し話が逸れてしまうのですが、語学学習において、
母国語の知識が無い幼児の方が大人より適していると考える人がいるのですが、
この考え方は、私の競馬予想研究の考え方に似ている気がするのです。
「知識は邪魔者でしかないので、頭の中は真っ新の方がいい」みたいな考えです。
この考えは一見正しいようですが、本当に正しいのでしょうか?
幼児は5年程度かけて幼稚園レベルの会話ができるようになりますが、
大人であれば、発音や表現力がネイティブレベルではないものの、
数年で幼児より遥かに高度な会話をします。当然です、大人なのですから。
結局のところ、新たな発想を生み出す原動力は無知ではなく
他の分野における知識や経験ではないかと思い始めています。
少なくとも競馬予想に活かせる何らかの知識や発想を予め持っていなければ、
新たな予想法を生み出すことは難しいのではないかと思い始めました。

今日の時点での結論としましては、新たな予想法の発想には、
思考の柔軟性や独創性・創造性と言ったものだけでなく、
他の分野における群を抜いたスキルや知識が必要なのではないかと考えています。
当たり前のことをやっていては、当たり前の結果しか残せません。
予想家の僅か2~3%といわれる勝ち組になるためには、
他と違う視点や発想で予想を考える必要があるのではないでしょうか?
新たな予想法への飽くなき探求心は続きます。